梅からの伝言(千字戦参加作品)

 その枝は、どちらに伸びるか決めかねていた。狭い庭に植えられた梅の木である。まだ若木で、その枝がどこを目指すかによって、木全体の大勢が変わってしまう、そんな時期であった。

 あちらに行ったら塀があるが、でも日当たりはいい。そのころの枝にとって、塀はまだまだ遠かった。すでにひび割れて梅らしくなってきた幹から、その枝は南向きの塀に向かってじわじわと歩を進めた。土があっていたのか、梅はすくすくと育っていった。その枝も、日の光の力を借りて、自分が思っていた以上の速度で距離を伸ばしていって、知らないうちに塀にぶつかってしまった。

「へい、塀さん!しつれいしますよ」

 ブロック塀は鷹揚にうなずき、枝に道を空けた。ブロック塀の向こうは畑で、とりあえず切られる心配もなさそうだった。毎年毎年、枝は伸びた。伸びに伸びた。まっすぐ伸びた?いや、まっすぐは無理だった。だって梅だもの。しかも、とんでもないことに、その枝は重度の方向音痴だった。そして優柔不断。あっちに行こうかな、いやこっちが正しい道では?悩みすぎる気もある枝は、曲がりくねり、あたり一帯を埋め尽くした。

 ざわざわ。いまや大木となった梅の葉がそよぐ。ひときわ太くくねくねした枝が、まるで迷路のようにかけのぼりかけおり、それはそれは美しい眺めとなった。その家の人は喜んだ。塀と同じように、鷹揚なタイプだった。

 春の光。芽吹く前に咲く香り立つ花。梅雨の雨。ふくらむ実たちがまるまるとしたちょうどそのころ、人間は枝を物干しざおでたたいて、実を落とす。枝は暴虐に文句も言わず、素直に実を落とした。

 その実で作った梅酒が、この梅酒です。

 そう言って、彼女はガラス瓶をどんとテーブルに置く。友達だけの、気の置けないホームパーティーに、手土産として持ってこられた梅酒を見て歓声を上げた人々は、謎めいた話にもいつものあの子らしいね、と、笑って、梅酒をたらふく飲んだ。

 そのパーティーの帰り道は、なぜだか曲がりくねっていて、誰もが駅までたどり着けなかった。迷いすぎて、結局みんなが梅の木になってしまった。その道が、この梅並木ってわけ。