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 静香は薄手の黒いストッキングを履いて、同じく薄手の黒いストッキングを履いた女と、向き合っていた。

 先週死んだ夫は今日焼かれて、骨壺に入れられ、今は静香の手の中にある。うちうちの式だったから、残っているのは長男の隆とその嫁、孫たちばかり。彼らは葬儀の支払いの相談をしている。
 さっきまでは、静香もその輪に入っていた。のだが、奥様、お客様が。と呼ばれたのだ。そこにいたのがこの女。どちらかといえば色白、どちらかといえばやせ型の、見たことのない女。葬儀屋は、さっきまで夫の写真が置かれていた段の陰に二人を案内し、一礼して去った。静香は戸惑った。
「このたびはご愁傷様でした」「わざわざありがとうございます」。

 挨拶を交わして少しの無言。「聡さんにはひとかたならぬご厚情をいただきまして」「あの、失礼ですが会社の方でしょうか」「はい、以前は…」言葉を濁してまた少しの無言。
 誰なんだこの、女は。静香が不審を強めた瞬間、女は顔をあげ、ひし、と音が出そうな思いつめた目で静香を見る。「あの、お骨を、お骨を、かけらで結構ですので、いただけないでしょうか」
「お骨??????」思わず声をあげた静香を、隆たちが不安そうにちらちらと眺める。落ち着け。落ち着いて話してこ。静香は混乱しつつも、とにかく体面を保つことを選んだ。そういう性格だった。
 小さい声で早口で、「えーっと、お骨と言われましてもあの、こちら主人のお骨でしてね、えっとなぜ必要なのかというかその」「お付き合いしていたからです」「それはその」「はいそういう」「えっあの」「20年になります」「えっ長い!」

「ですからほんの小さな欠片で結構なんです、あの人を、聡さんを…身近に感じたくて」

 薄い唇を噛みしめる女を見て、静香は肩を落とす。はあ。そして、骨壺を開き、「はいっ、どうぞ!」取り出したのは2センチ×3センチ程度のどっかの部位の骨。
「よ…よろしいんですか?」

「流行ってるんすか?」「え…ええ…?」「あれでしょ、どうせ適当なジャムの瓶みたいなのに入れて部屋に転がしとくんでしょ、今何個くらい集まってんの?」「そ、そんな…」「あー、いいのいいの、骨集め、楽しいよね~~。大丈夫よ、欠片の1個や2個、減るもんじゃあるまいし、あ、も1個いる?」「いりませんし減りますし!」「そっか、じゃあまあ頑張ってね、応援してる」「は」

 静香は手を振って、四十九日の相談をしている隆たちの元へ戻る。もう静香は振り向かない。女の手には骨。葬儀場を出てとぼとぼ歩く。薄い黒いストッキングに冬風が染みる。
 ええ?何の話?骨?骨集め?集まってる?ってどういう意味?私まじで20年間聡さんと付き合ってたんですけど…。まあいっか。なんか、骨、もらっちゃうと逆にいらねーな。女は葬儀場そばのなんか汚い川に、骨をぽとっと落とした。
 聡は釣り好きで、海洋散骨を望んでいたので、いつか海にたどり着くとよいな、と、思った。

 

 骨壺から抜き取った骨を、ジャムの空き瓶に入れる。適当に振る。ほかの骨とからからとまじりあっていく聡の、骨。

 静香は、3つ目になる骨の瓶をキッチンのカウンターに置いた。骨のガラス瓶は、アヲハタマーマレードとかどこかしらのお土産でもらったいちじくジャムとかの瓶で、調味料ともきれいになじむ。

 亡くなった知らない男の家を訪ねて、長年の愛人のふりをして、泣き落としでお骨を一かけらだけもらう趣味。空き瓶に入れたお骨は愛でるでもなく、齧るでもなく、ただ適当な瓶に入れられて無造作に塩とかと一緒に置くだけの趣味。

 このひそかな趣味、だれにも話したことなかったけど、あの、知らない名前の女の人にはしゃべっちゃったな。ていうかあの人浮気してたん?まあいっか。

 聡の骨が加わって、でももう誰が誰の骨ともわからなくなっている瓶をぼんやり見る。まあいっか。

 孫の陸がこちらへやってきて、骨の瓶を見つめる。

「おばあちゃん、それ、なに?」「んー、たぶん、カルシウム。食べる?」「僕はいらない」「そう、そうだよね」

 そして静香は孫に尋ねる。

「冷蔵庫にゼリーあるけど、食べる?」